グレタのスピーチに想うこと
週末に東日本を襲った台風19号は、東海地方上陸前、昭和33年に1300人の犠牲者を出した狩野川台風以来の脅威になるとテレビで警戒を呼びかけていたが、それでも千曲川の決壊など多くの被害と数十の人命を奪って北に去っていった。
以前にもあったのだから昨今の自然被害は温暖化の影響に当たらないと短絡的に考える人たちはいまだ多い。アメリカ大統領は「今日のDCは寒いぞ、温暖化はどうした」などと平気で発信してるし、日本の首相はそもそも日本語でも何を言っているのかわからないのに英語のスピーチが伝わるわけもなく、その内容ときたら舌打ちしか出てこない。
How dare you!
九月の国連気候行動サミットのニュースを観ていたとき、グレタの登場はあまりに突然だった。無責任な世界のリーダーたちに向かって強烈な怒りを投げつけるスピーチは、ダイレクトに胸に突き刺さり、鳥肌が立った。
One child, one teacher, one pen and one book can change the world. Education is the only solution.
数年前のマララのスピーチにも鳥肌が立った。静と動、スタイルこそ真逆だが、ふたり共、まだ十代の少女であることに人類の未来を憂わずにはいられない。
彼女たちの前にスピーチで感動したのを思い出そうとして、しばらく時を要した。ああ、オバマの就任演説。彼が身を引いて三年がたつが、アメリカは、世界は、どうなったか。絶望的と感じるのは私だけではないだろう。
オバマでさえできなかったのに、ふたりの少女にいったい何を期待できるのか。マララがどれほど頑張っても、タリバンは消滅しないし、テロや戦争で子供たちは死んでいく。グレタがどれほど頑張っても、愚劣な政治家や利益優先の企業家に温暖化を止めることができる訳がない。
たとえ2050年までに温室効果ガス排出ゼロが達成できたとしても、地球環境が元に戻るわけではない。そのためには人類が産業革命以前のライフスタイルに還るしかないというが、そんなことは実現不可能なことは誰にでもわかる。いずれにしても若者たちや生まれ出る者たちの未来を危惧することしかできない。
感動的なスピーチという括りではないが、樹木希林さんが自殺する子供たちに向けた講演の言葉を思い出した。
《私みたいに歳をとれば、ガンとか脳卒中とか、死ぬ理由はいっぱいあるから。無理して、いま死ななくていいじゃない。だからさ、それまでずっと居てよ、フラフラとさ》
Anything you force yourself doesn't work.
『無理してやることにうまくいくことはない』。これは十代の頃、留学先のLAで世話になった、師と仰ぐ人から教えられた言葉。内容がリンクしているわけではない。ただ想いのままに綴っているだけだが、いま想うと実に的を得ていると感じる。
手術してから数年間、なんとか体重を増やして体力をつけようとしてきたが、結局、無駄だと納得した。十二指腸は胃のように食べれば食べるほど大きくなるわけではなく、程度の加減はあるとしてもダンピングが起これば体力は落ちるし、最近体調いいかもと感じたある日突然、理由もなく下痢して腸がすっからかんになってしまう。
元の身体に戻ることはできないのだから、現状よりも悪くならないように努めることしかない。そのために必要なことには配慮し、行動する。いずれ寿命が尽きる時が来る。それまで悔いの残らないように日々を生きる。それだけでいい。
グレタには残念だが、こう言うしかない。
Sorry, it's too late.