食道癌と自然体で向き合う [Living Naturally with Esophageal Cancer]

人生は不公平極まりないが、すべての命は例外なく尽きる。そんな当たり前のことでさえ、我がこととは無縁と生きてきた。生を受けてからすでに半世紀を超え、着実に死に向かっていることに意識を向けることもないまま、告げられた宣告。ここに綴った文章がどこかの誰かに役立てば幸いです。

発覚

2012年11月、母が亡くなった直後、ひどい風邪をひいた。

 
寒いし、ストレスあるし、そのせいだ。喉の調子も悪いが、風邪だから。ただ咀嚼感にちょっとした違和感があったのを記憶している。喉が荒れているのだろう。飲み物をゆっくりと呑み下して洗うような癖がついた。
 
「あ、おかしな呑み方してる」
 
ワイフに指摘されて、人前では注意しなければと思った。
 
翌月の年の暮れ、彼女の父が亡くなり、葬儀を終えた直後、風邪をこじらせて寝込んだ。ほぼ2週間、まったく食欲がなくなり、5キロ痩せた。近所のかかりつけの医者に通ったが、何度も血液検査をした結果、アル中じゃないかと言われた。
 
睡眠障害が始まったときはまだ中学生だった。当時は夜中に受験勉強をして朝方うとうとするというのは私だけでなく、高校生になっても同じような生活を続けていたのも私だけはなかった。
 
高校卒業後、アメリカへ留学し、パーティなどのときにビアを口にすることはあったが、ひとりで呑むことはなかった。酒飲が習慣となったのは、東京で会社勤めをしていた頃、留学先で知り合った日本人の友人が訪ねてくる際に持って来たウイスキーがきっかけだった。
 
彼が残していったボトルを口にした翌朝、これで不眠から解放された。泥酔する必要はない。ほんの数杯で寝つくことができた、アルコホールだった20代後半だったので、ほぼ30年間、寝酒は習慣となった。
 
かかりつけの医者は「酒は絶対にやめるべき」と言い切った。すぐに顔が赤くなるような体質的に弱い人間が癌になる確率は格段に高いと言う。癌発覚後、ネットで検索しまくっているワイフも同じことが記されているものをよく目にするという。
 
元来、疑り深いタイプの人間だが、このことについては素直に受け入れ、いまは睡眠薬で眠りについている。薬と酒とどっちが悪いと迷ったが、少なくとも現状では薬のほうがマシだと思う。
 
しばらくすると食欲が戻った。咀嚼時の違和感も気になるほどではなかった。
 
春が過ぎ、夏が過ぎ、母の一周忌を終えた頃、また風邪をひいた。今度は食欲がまったく失せるようなものではなかったが、食道に何かできているという違和感をはっきりと感じ、十年ほど前に急性前立腺炎を患ったときに通った総合病院へ行った。
 
健診に数千円を足して生まれて初めてバリウムを呑むと、精密検査をしましょうと、内視鏡検査をし、癌である可能性があるが、うちでは対処できないと、大学病院を紹介された。
 
データを持参したが、こんなものは役に立たないと、内視鏡検査を再び受け、前立腺炎のときと同等の苦痛を味わった。30分以上、金属のヘラで食道と胃の内壁を擦り回されるようで、終る頃には精根尽き果て、ベッドの上で一時間ほど休んでやっと他の検査を回った。
 
食道癌と宣告されたのは、次にワイフと訪れたときだった。