食道癌と自然体で向き合う [Living Naturally with Esophageal Cancer]

人生は不公平極まりないが、すべての命は例外なく尽きる。そんな当たり前のことでさえ、我がこととは無縁と生きてきた。生を受けてからすでに半世紀を超え、着実に死に向かっていることに意識を向けることもないまま、告げられた宣告。ここに綴った文章がどこかの誰かに役立てば幸いです。

再発、摘出出術へ

『たかが狭窄感である』

そう書いてあっという間に二ヶ月がたった。

その翌月の内視鏡検査で再発がわかった。すでにレベル2のサイズ。

胸部の不快感は昨年暮れからあったが、主治医はどこもおかしくないと言い、本人は晩期障害と思い込んでいたのでショックだった。

悔やむことは多々ある。

陽子線治療が終わったとき、「目視的になくなっているが細胞レベルではわからない」。確かにそう言われた。再発を危惧していたかと問われれば、慢心していたというしかない。


毎月一回、医者が言うように、CTスキャン、PET、血液検査を代わるがわる繰り返していればいいと捉えていた。

はっきり何の役にも立たなかった。

陽子線で癌が消えたと思っている人には言いたい。

毎月内視鏡検査を続けること。

私に残されたオプションはふたつ。手術か抗ガン剤投与しつつ模索するか。

独身だったら後者を選択しただろう(理由は以前書いた)が、家族(私の場合は愛妻)にかかる負担が大き過ぎる。

小さな病院に転勤となった主治医は「ここで手術は勧めない」と小声で言ってくれたが、妻の進言で、彼が元いた病院でもなく、西日本最大級の大学病院を選択。

この病院に入院したのが亡き母の誕生日。明日朝8時から10時間に及ぶ手術当日は、私の58の誕生日からちょうど二か月。

成功率70%という確率に身を委ねることになった。